会った時に話す程度「幸楽」

「会った時に話す程度」は、山本悠くんが主催する、というかひとりでやっている現代美術研究会の団体名で、その実体は山本悠くんだ。その「会った時に話す程度」の新春公演である「幸楽」に行った。行ったというか、やってること自体を知らなかったのだけど、時里充さんに突然誘われて、会場の「上野四丁目交差点シアター」へ行ったのだった。「上野四丁目交差点シアター」は Google マップで検索しても見つからない。というのも、そんなシアターはないというか、ただの交差点だからだ。時里充さんと指定された時間(20時30分)に指定された場所(マクドナルド上野公園店前)で待っていると、ヘラヘラ笑いながら山本悠くんがやってきて、ようこそお越しくださいましたとか言われて、マクドナルドの店内へ案内される。「会った時に話す程度」の公式サイトには500円ワンドリンク付きと書いてあるけど、ワンドリンクとはマクドナルドで1杯飲み物を頼むということで、要するに客席とはマクドナルドの3階の窓際の席のことだったのだ。マクドナルドの3階の窓際の席(山本悠くんいわく「S席」らしい)からは、上野四丁目交差点の全体がよく見渡せる。山本悠くんは手に持っていたヤマハの Bluetooth スピーカーをおもむろにマクドナルドの机に置いて、一般的な演劇の公演前よろしく注意事項を喋りはじめる。「地震があった場合は、マクドナルド上野公園前店の店員の指示に従って避難してください。」そうしてしばらく話したあと、山本悠くんは開演時間に間に合うように上野四丁目交差点へ降りていき、たったひとりの演劇がはじまるのだった。マクドナルドの机の上に置かれた Bluetooth スピーカーは山本悠くんが持つ iPhone と接続されていて、山本悠くんが近くにいるときはスピーカーの青い光が点灯する。その光を頼りに山本悠くんの存在を感じながらも、交差点にいるたくさんの一般の人たちのなかから目で探すと、山本悠くんはいつの間にか割烹着のような、なんといえばいいのかわからないけど、中華料理店の店員のような服装に着替えていて、手にはおかもちを持って、ガールズバーのキャッチのお兄さんと談笑しているのを見つけた。接続の悪い Bluetooth スピーカーからブツブツ切れた「渡る世間は鬼ばかり」のテーマ曲が流れたあと、山本悠くんは衣装のまま、上野の街を歩く人をナンパしはじめる。

「会った時に話す程度」の新春公演「幸楽」は、街をハックした演劇作品だし、演劇をハックした現代美術パフォーマンス作品でもあるけど、マクドナルドの3階の窓から眺める夜の街のなかで割烹着のような衣装を着た山本悠くんがナンパする様子を見ていると、そういうことよりも、なんというか、ナンパがはじまった瞬間に、言葉が出なくなってしまった。山本悠くんには確実に演劇がはじまっているのに、街を歩いている人には演劇なんかはじまっていない。そのふたりが会話をしている、その様子を僕たちは遠くから眺めている。覗きのような悪趣味さがあるけど、僕たちからあまりにも遠く離れた場所での演技は、マクドナルドの店内の BGM のからっぽな陽気さとあわさって、自分とは無関係なような気もしてくる。そうしていると山本悠くんは女の子についていってどこかへ行ってしまって、役者のいないただの交差点の様子を、いや、舞台を、演劇として見つづけることになる。

「会った時に話す程度」の新春公演「幸楽」は、公式サイト で2月1日まで予約ができる。時間は特に決まっておらず、山本悠くんと予定があえば上演される。現在、4回上演されている。

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